頭の中のおしゃべりを止める方法

 集中したいときに、いろんな考えや思いが、絶えず頭の中でささやいたり、つぶやいたり、ときに叫んだりしています。たったひとつのことを考えているようでいて、次の瞬間には別の違うことを考えはじめて、前に考えていたことを思い出そうとしても、思い出せないことがあります。なんだか大事なことを考えていたような気がするけれど、もうそれが何だったのかが、わかりません。

 こんなふうに頭の中がことばの切れ端で埋めつくされているのは、ぼくが幼い頃には、自分が特別で、いいのか悪いのかわからないが、変わっている、人とは違うんだと思っていました。

 でも、どうやら、同じように、ほとんどの人が、頭の中で際限なくおしゃべりしていて、それにはすっかり慣れきっていて、しょうがないんだと半ばあきらめているらしいということを、大人になる前くらいに知りました。

 本当にそれは、頭の中を空っぽにすることほど難しいことはなくて、その思考の交通整理も追いつかないで、あっちに行ったり、こっちに行ったりを繰り返すばかりです。こうした文章を書いているときには、時々読み直すことで、思考回路の道路筋から落っこちないように、またその道端にこぼしてしまったことばを拾い上げるのが、実際のところ精一杯なのです。文章を書くことに慣れている人は、それを推敲だとか言って、あちこちことばを入れ替えたりもするけれど、まったくそれは、誰もが同じだということを証明しているに過ぎません。

 そうした思考を整えるには、瞑想がいいらしいということをよく聞きます。瞑想というと、ぼくは座禅を組むとか、他にはインドの修行僧がやるような難しいことを想像していたのだけれど、もっといろいろな方法もあって、案外身近なもので、たくさんの人に役に立つものだということがようやく理解できるようになりました。

 その方法というのも、単純に数を数えたり、耳、目、鼻、などに意識を向けて、感じたものを味わうだけでも瞑想につながるものらしいのです。

 感性を豊かにして、思考を整えるというに意味では、好きなものに囲まれて過ごすことが大切に思います。ぼくの場合、自分に合った水晶とかの宝石、原石のようなものに触れたり、身につけたりすることでチャクラが落ち着き、満たされることを数年前に知りました。それまで、まったくそういったものに興味がなかったにも関わらず、さまざまなシンクロニシティに出会ったことで、それは確信となりました。

 この文章には、続きがあります。また、書きます。

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