なんとなく不安という、その正体とは?


 身の回りの生活や、ふだん使っているモノがなんとなく知らない間に変わっていくように感じて、なんか「ついていけない。」って思う人、実はいっぱいいると思う。

 そのなんとなく感じている不安は、「もしかしたら、ついていけてないのは、私だけじゃないか・・・。」という思いがどこかにあるから、かも知れません。

 ぼくにも思い当たることですけど、これまで「人と同じことができる。」ことが、「当たり前」って思っていたし、「常識」だと思ってきました。それは、周りを取り巻く環境が、急激な変化が目立たないように「安定」「向上」を目標にしていたということがあると思います。

 その中で、そうやってちゃんとやってきた、できてきたという「自負」「自信」のある方ほど、年齢を問わず、ある時、「できなくなった。」と感じているんじゃないかと思います。そして、今、そういう方の方がとても多いんだと思います。

 今日の講座でぼくは、良く言えば日本社会は「保守」なんだと言いました。一個人は「保守」と思っていなくても、多くの人が自分から新しい変化を求めることはしません。それどころか、変化に適応しているように見える人を羨ましく思ってもいます。

ついていけないと自分で思っている人は、だいじょうぶです

 というか、どんな人もだいじょうぶです。そこははっきりとお伝えしておきます。

 どう感じて、どう思おうが、時代は否応(いやおう)なく動きます。そして、誰もが迷いながらも時代の流れに適応しています。

 たとえば、ぼくが30代の頃、ほんの25年~30年ほど前「テレビ電話」「壁掛けテレビ」は夢物語でした。NTTなどで実証実験はしていたし、ニュースでも取り上げられることはありましたが、腹話術師のいっこく堂という方が海外の電話の音声に時差があることを腹話術のネタにしていた時代です。目の前に遠く離れた人の映像が現れるというのは、当時考えられませんでした。

 昔からあった「インターネット」「ホームページ」が一般に知られるようになったのは、27年前の1995年12月のWindows95発売以降です。それまでは、それなに?関係ないの世界でしたし、文書作成には、ワープロ専用機がありました。ほとんどの文書が手書きで間に合っていましたし、企業や行政が使う文書、ハガキや名刺は、印刷会社任せでした。今のように業務用のFAXプリンタ、家庭用のインクジェットプリンターが普及するのは、さらにもう少しあとでした。

 今では、海外のニュースが写真付きで翌日の新聞に載っていることに誰も疑問を持っていないでしょう?実は、もう既に30年前から時代は動いていて、海外では、今日本で起きている変化を、その頃に経験をしているわけです。

お金の話

 今日お話をした「デジタル円」の登場については、なかなかピンとこないと思います。でも、既にショッピングカードにポイントを貯めて、そのポイントで新しいお買い物をしていたり、していませんか。個人情報カード(マイナンバー)のポイントについても、「どうしたら使えるの?」というところに意識に向いていると思います。

 もう既にお金は「タンス」か「銀行」に貯めておくという時代ではなくなっています。

 実際に銀行の利子は、もう何年も「何円?」というくらいにしか増えていません。それは日本政府の裏付けがあるはずの「ゆうちょ銀行」ですら変わりません。

 じぁあ、株や仮想通貨に投資したら増えるのか?その答えも「No」と出ています。

 これからは、使う、回す、しかありません。投げやりに聞こえるかも知れませんが、これが経済の本来の姿だとも言えます。一個人が生涯で100億円貯めたとしても、事業があればその事業の補填に、相続する権利を持つ家族に残しても相続税に消えてしまいます。

 だとしたら、経済の使い方、回し方が今より簡単になり、明瞭になる方向というのは、間違いではないんじゃないかと思います。

なんとかしてお金を得て、暮らしを良くしたい

 そういう思いで生きてきた方がほとんどだと思います。

 それは「お金がないと暮らせない。」と思いこんできたからではありませんか。

 「お金持ちだけが、いいクルマに乗って、いい家に住んでいる。」と思いこんできたからではありませんか。

 ぼくは18歳で上京して、途中いろいろありましたが、29歳で鳥取に帰ってきました。元や○ざの親分、政治家の秘書、暴走族上がりの元自衛官、俳優の卵、などいろいろな人と出会ってきました。

 個々の出会いについて、詳しいことは言えませんが、ぼくが当時「大都会パート2(3?)」で出演されていた石原裕次郎さんと会話をしたことがあると言えば、びっくりされるでしょうか。当時ぼくが通っていた専門学校で隣の席に座って授業を受けていた方が、その番組に引っこ抜かれてテレビに出ていました。ぼく自身も「太陽にほえろ」で、列車の乗客としてエキストラ出演した経験もあります。

 ごく当たり前のことを言いますが、幸せとは、心の中に満たされる思いです。お金や環境とはあまり関係はありません。正直な話をしますと、元や○ざの親分と仕事をした経験も、それなりに面白く、幸せでした。ある政治家の秘書の方は、たまたま歩いて2分くらいのところに住んでいて、何かの折に出会い、ぼくのことを気に入ってくれて、それこそいろんな場面を見せていただきました(これ以上は書けません)。それも幸せ、でした。

ぼくがパソコンを苦手だった話

 誰にも信じてもらえない話ですが、もともと音楽がやりたくて上京して、安アパートに住んでいたバイク好き少年です。東京にいる間は、まったくパソコンに興味がありませんでしたし、1989年に鳥取に帰ってきたときも、パソコンに関する知識は皆無でした。

 鳥取に帰ってきて、就職して、最初は「仕方なく」身につけたのがパソコンであり、プログラミングでした。それも、会社から当時はまだ珍しいノートパソコンの支給を受けて、自宅に持ち帰り、必死で勉強しました。当時のパソコンのマニュアル(説明書)は、全部合わせると厚みが10センチ以上あったと思います。